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福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)742号 判決 1973年11月29日

一審原告

中村睦子

外二名

代理人

林健一郎

外七名

一審被告

代表者

田中伊三次

代理人

原口酉男

外七名

主文

一  一審原告らの控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(一)  一審被告は、一審原告中村睦子に対し金七四三万五、五三〇円および内金一五〇万円に対する昭和四三年二月八日から、内金五九三万五、五三〇円に対する昭和四七年二月一日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を、一審原告中村国重、同中村敬子に対し各金五七〇万五、三一七円およびこれに対する昭和四三年二月八日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  一審原告らのその余の請求を棄却する。

二  一審被告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を一審原告らの、その余を一審被告の各負担とする。

四  この判決は、一審原告らがそれぞれ金六〇万円の担保を供するときは、主文第一(一)項に限り、当該一審原告において仮に執行することができる。

事実

一審原告ら代理人は「原判決を次のとおり変更する。一審被告は、一審原告中村睦子に対し金一、一七二万八、二五〇円、同中村国重、同中村敬子に対しそれぞれ金九六九万三、〇一四円および右各金員に対する昭和四三年二月八日から支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決ならびに一審被告の控訴につき「一審被告の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決を求め、一審被告代理人は「原判決中、一審被告敗訴の部分を取り消す。一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。」との判決ならび一審原告らの控訴につき二審原告らの控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  一審原告らの主張

(一)  損害について

一審原告らは、原判決事実摘示の請求原因(四)の損害のうち一審原告睦子の逸失利益および一審原告国重、同敬子の負担すべき看護費用ならびに請求原因(五)の結論欄記載の各主張を次のとおり訂正する。

1  一審原告睦子の逸失利益

一審原告らは、従来睦子の逸失利益を本件事故前三ケ月分の同女の給与を基礎として算出していたが、同女が昭和四七年一月分までの給与および手当の支給を受けたので、これを損害額から控除するとともに、同女が支給を受けた最終の六ケ月分の給与および手当を基礎として同女の逸失利益を算出することとする。

ところで、同女が支給を受けた昭和四六年八月から昭和四七年一月までの最終の六ケ月間の給与および手当(右手当は昭和四六年度の年末賞与で、賞与六ケ月に一回支給されていた。)の合計は金三〇万四、一五七円となるから、一ケ月の平均賃金は金五万〇、六九〇円となり、本件事故前三ケ月の平均賃金一ケ月金二万一五〇六円より大幅に上昇しているが、これは定期昇給とベースアップによるものであつて、昭和四七年二月以降においても賃金上昇が見込まれるが、少なくも睦子は同月以降一ケ月間に右金五万〇、六九〇円の収入を得ることができたはずである。

そして睦子は昭和二七年二月一五日生であるから昭和四七年二月以降六三歳になるまで四三年間稼働できたものというべく、同女の昭和四七年二月当時における逸失利益の額をホフマン式により計算すると

(50,690×12)×22.61052493

=13,753,530

となり、これを本件事故当日の昭和四三年二月八日当時の額に換算すると、年五分の中間利息を控除するから

13,753,530×(1−0.05×4)

=11,002,824

となり結局睦子の逸失利益は金一、一〇〇〇万二、八二四円となる。

2  一審原告国重、同敬子の負担すべき看護費用

右看護費用については、原判決が認定した金九七五万七、七二五円を相当とする。ところで、原判決は睦子が入院当初の八ケ月間完全看護を受けたことを理由に、右八ケ月分の看護費用相当額金二四万円を前記金九七五万七、七二五円から差し引いているが、完全看護とはいえ、自らの力では全く身動きのできない睦子の看護には不十分であつて昼夜を問わず二時間おきに体の向きを変えてやるだけでも、母親である一審原告敬子の付添が必要であつたのであるから、原判決が右金二四万円を差し引いたのは不当である。

3  結論

よつて、一審原告睦子は、一審被告に対し、逸失利益金一、一〇〇万二、八二四円、慰藉料金五〇〇万円合計金一、六〇〇万二、八二四円の内金一、一七二万八、二五〇円およびこれに対する不法行為の日である昭和四三年二月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、一審原告国道、同敬子は、それぞれ一審被告に対し、看護費用各金四八七万八、八六二円(看護費用は睦子の扶養義務者である同人の父国道、母敬子が共同負担するから、前記金九七五万七、七二五円の半額ずつとなる。)、慰藉料各金三〇〇万円、弁護士費用各金二〇〇万円、合計各金九八七万八、八六二円のうち各金九六九万三、〇一四円およびこれに対する不法行為の日である昭和四三年二月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  過失相殺について

エレベーターの扉が開けば、そこに乗るべき搬器(以下、籠と略称する。)があると信ずるのは当然であり、何人もエレベーターを利用するとき、扉が開いた後さらにいちいち籠があることを確かめたうえで、これに乗るほど慎重ではなく、急ぐときほど特にその傾向が強い。このことは、本件エレベーターの入口や昇降路前面の壁に注意書があり、睦子が上司から本件エレベーターには気をつけて乗るよう注意を受けており、本件事故前本件エレベーターを数回自ら運転したことがあり、事故当日も何回か運転した事実があつても変らない。けだし、本件エレベーター付近の照明状況が不十分なため前記注意書があつても通常の注意では気付かないこと、睦子が上司から受けた注意は極めて一般的なものにすぎなかつたこと、本件エレベーターの設置、管理に瑕疵があつたとはいえ、本件事故前一〇数年前に事故例があるだけで、睦子を含め本件エレベーターを利用するものは、その安全性に特別の不安を抱かなかつたこと、現に本件事故前睦子は自ら本件エレベーターを数回にわたつて運転し、事故当日も何回か運転したが、運転に不都合はなく、エレベーターの安定性に疑念をはさむ理由もなかつたことなどから、睦子が扉が開けば籠があると信じたことは無理からぬところであり、急いでいたため、扉が開いたのでエレベーターに乗り込んだとしても、その過失の度合はそれほど大きいものとは考えられない。

そして、睦子が急いでいたのは、次のような事情によるものである。すなわち、国立九州大学医学部付属病院(以下、九大付属病院という。)においては、昭和三九年以降新病棟建設とあわせて政府の行政改革に呼応する合理化政策が着々と進められ、定員削滅とともに労働過重がめだつてきたが、給食部門においては、これが給食業務の下請化と結合して行なわれ、睦子の勤務していた訴外財団法人恵愛団も右給食部門の下請機関であつたが、右給食職場は低賃金と労働過重のため、採用されたものがすぐ辞めていくという状態で、常に何人かの欠員を生じており、本件事故当時も三名の欠員があつたため、睦子は急いで配、引膳の仕事をせざるを得なかつたのである。

以上の次第で、本件事故は、一審被告が九大付属病院の合理化をはかるために、労働強化をしながら、労働環境の安全にはなんらの配慮をしなかつたため起こつたものであるから、本件事故について睦子の過失を問うのは不当である。

(三)  損害の填補について

一審原告睦子が前記訴外恵愛団から本件事故発生以来昭和四七年一月分までの給与、手当と退職金一〇万、〇八〇円および労働基準法八一条による打切補償費金一四八万二、〇〇〇円の支払を受けたほか、一審被告主張のとおり、見舞金、雑用品費、食糧費の支払を受けたことは認めるが、昭和四七年一月分までの給与、手当は前記のとおりすでに逸失利益から控除ずみである。

二  一審被告の主張

(一)  損害について

1  一審原告睦子の逸失利益

一審原告らが睦子の逸失利益の算定の基礎とした昭和四六年八月から昭和四七年一月までの六ケ月間の給与および手当合計金三〇万四、一五七円の中には、それ以前の昭和四六年四月から同年七月分までのベースアップによる差額支給分金二万六、七五六円が含まれているから、これを控除すべきであり、また右金三〇万四、一五七円は名目支給額であり、逸失利益の算定の基礎となる平均賃金の算出にあたつては、右名目支給額から睦子の支配に属さない失業保険の保険料などを控除した手取額で計算すべきところ、昭和四六年八月から昭和四七年一月分までの右控除すべき金額は金一万八、九一九円となるから、これらを差し引いて睦子の右六ケ月分の平均賃金を計算すると、一ケ月金四万三、〇八〇円となる。

なお、逸失利益の現価算定はライプニツツ式によるべきである。

2  一審原告国重、同敬子の負担すべき看護費用

九大付属病院のように完全看護が行き届いている病院においては、医師の指示があるなど特別の事情がない限り、付添人を必要としないのであつて、睦子の入院中付添人を必要とする右特別の事情はなかつたのであるから、入院中の看護費用の請求は失当であり、かりに付添人を必要とする特別の事情があつたとしても、看護費用の全額を請求するのは不当である。

(二)  過失相殺について

本件エレベーターはもともと扉の開閉と籠の上下との同調安全装置に不完全性があり、これを除去することができない特殊な構造を持つエレベーターとして、いわば閉鎖的すなわち一般人が広く利用するのではなく、限られた部内者のみによつて利用されているにすぎなかつたのであるから、一審原告らが主張するようなエレベーターの性状一般に対する信頼を云々することは相当でなく、当該利用環境内における者との間では、特殊の性状を持つエレベーターとして、特殊の信頼関係が支配するものと考えるべきである。

ところで、一審原告睦子は、本件エレベーターの使用回数が少なかつたとはいえ、右のごとき閉鎖的な利用環境内にいて、上司から抽象的であれ一応注意を受けていたのであるから、本件エレベーターを利用しているうちに、本件エレベーターの入口や昇降路前面の塵の注意書に当然気づいていたはずであり、これを前提に考えた場合、扉が開いたので、いきなり中に飛び込むような軽率な行為は、自分の身体の危険は自らが一番予防するという通常人の立場からみれば、まさに自殺行為に匹敵するものである。

また、本件事故当時、九大付属病院において合理化による労働強化が行なわれていた事実はなく、かりに、いくばくかの労働強化が行なわれていたとしても、本件事故は睦子の右のような自殺行為にも匹敵すべき無暴な行為に基づくものであつて、労働強化と本件事故との間にはなんらの因果関係はない。

したがつて、本件事故に対する睦子の過失の割合は、原審認定の四〇パーセントでもなお少なきに失するものというべきである。

(三)  損害の填補

一審原告睦子は前記恵愛団から本件事故発生以来昭和四七年一月分までの給与、手当の支給を受け、また退職金一〇万九、〇八〇円および労働基準法八一条による打切補償費金一四八万二、〇〇〇円の支払を受けている。

なお、睦子は右のほか、右恵愛団から見舞金三〇万六、〇〇〇円、雑用品費二六万三、四三二円、食糧費一万一、八七〇円、見舞金三万四、七九〇円の支払を受けているので、慰藉料の算定にあたつて参酌さるべきである。

さらに、一審原告らは原判決の仮執行宣言に基づく執行によつて、昭和四六年一二月一四日金一、二四九万九、四七八円の弁済を受けているので、一審原告らの請求金額から、右金員に対する昭和四六年一二月一四日以降の遅延損害金二七七万八、一一八円を控除すべきである。

三  証拠<略>

理由

一当裁判所も、一審原告らの身分関係がその主張のとおりであり、一審原告睦子が一審被告の設置、管理する九大付属病院の本件エレベーターにおいてその主張のような経緯で本件事故に遭い、一審被告は国家賠償法二条により本件事故によつて一審原告らが被つた損害を賠償すべき責任があり、かつ一審原告睦子にも本件事故につき過失があつて、その過失割合は四〇パーセントをもつて相当と判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決がその理由において説示するとおりであるから、原判決一二枚裏四行目から同二〇枚目表九行目までを引用する(ただし、原判決一三枚裏八、九行目に「成立に争いのない乙第二号証」とあるを「証人二宮克已の証言により成立を認める乙第一号証」と訂正する。)。

<証拠>によれば、本件エレベーターの設置されている九大付属病院においては、昭和三九年ごろから新病棟建設とともに人員の合理化が進められ、給食部門においては、これが給食業務の下請化としてあらわれ、本件事故当時においては給食係の職員定員五八名中、九大職員数と一審原告睦子の勤務していた訴外財団法人恵愛団所属の職員数とがそれぞれ半数の二九名ずつとなつていたこと、ところが給食職場は、その職務上早朝出勤が多く、かなり厳しい労働条件であつたため、特に恵愛団の職員には常に欠員や欠勤者があつて、相当な激務を強いられていたこと、現に本件事故当時にも恵愛団の職員に三名の欠員があつたため一審原告睦子の職務が多忙であつたことがそれぞれ認められるが、右事実を考慮しても、一審原告睦子にも本件事故につき過失があり、その過失割合は四〇パーセントをもつて相当とするとの前記引用にかかる原審の認定および判断を左右するに足りず、他に右認定および判断を覆す証拠はない。

二損害

(一)  一審原告睦子の損害

1  逸失利益

睦子が前記恵愛団から、本件事故後も昭和四七年一月まで給与および手当の支給を受け、かつ退職金の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、同女は同月末日をもつて右恵愛団を退職したものと推認される(したがつて、同日までは同女に損害はない。)。

そこで、同女の逸失利益について考察するに、<証拠>によれば、同女が支給を受けた最終の六ケ月分である昭和四六年八月分から昭和四七年一月分までの給与および手当の総額は金二七万七、四〇一円(右期間中に支給された金三〇万四、一五七円のうちには、それ以前の昭和四六年四月分から同年七月分までのベースアップによる差額支給分金二万六、七五六円が含まれているので、これを控除した。)であることが認められるので、同女の右期間中の一ケ月分の平均賃金は金四万六、二三三円五〇銭となるところ、同女が昭和二七年二月一五日生れであることは一審被告の明らかに争わないところであるから、同女はもし本件事故に遭わなければ、その職種からいつて、昭和四七年二月以降六三歳になるまで四三年間稼働して少なくとも右平均賃金の支給を受けられたであろうことが経験則上明らかである。

そこで、右基準により昭和四七年二月以降の同女の得べかりし賃金をホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して、昭和四七年二月当時の現価に換算すると

(46,233.50×12)×22.6105

=12,544,350

となる。

そして、本件事故につき同女にも四〇パーセントの過失があるので、過失相殺すると、その六〇パーセントにあたる金七五二万六、六一〇円が同女の逸失利益となるところ、同女が前記恵愛団から、退職金一〇万九、〇八〇円、労働基準法八一条による打切補償費金一四八万二、〇〇〇円の支払を受けていることは当事者間に争いがないから、結局同女の逸失利益は、前記金七五二万六、六一〇円からこれらを控除した金五、九三万五、五三〇円となる。

一審被告は、睦子の右逸失利益の算定にあたつては、名目支給額から同女の支配に属さない失業保険の保険料などを控除した手取額を基礎として算出すべきであると主張し、前顕乙第一三号証によれば、前記平均賃金四万六、二三三円五〇銭の中には、失業保険、厚生年金、健康保険の各保険料や所得税が含まれていることが認められるが、逸失利益の算定にあたつて、失業保険その他の社会保険料や所得税その他の租税額を控除すべきではないと解するので(最高裁判所昭和四五年七月二四日判決、民集二四巻七号一一七七頁参照)、一審被告の右主張は採用しない。

また、一審被告は、睦子の右逸失利益の現価算定にあたつては、ライプニツツ式によるべきであると主張するが、ホフマン式により得べきことについては、すでに最高裁判所の判例(昭和三七年一二月一四日判決、民集一六巻一二号二、三六八頁)もあり、本件においてホフマン式を排斥してライプニツツ式を採用しなければ、損害の公平を失するものとも認め難いので、一審被告の右主張は採用しない。

2  慰藉料

<証拠>によれば、一審原告睦子は本件事故当時一五歳で、若さと健康に恵まれ、将来調理士になることを夢見て一生懸命働いていた者であるところ、はからずも本件事故に遭遇して一審原告ら主張の傷害を負い、事故以来昭和四五年一一月一一日まで九大付属病院脳神経外科に入院加療し、その後自宅で療養しているが、受傷後より現在に至るまで自発言語なく、高度の精神機能を消失し、右側の片麻痺のために臥床生活が続き、自力での体動も不能で、その精神的・肉体的機能のほとんどを喪失して生ける屍となり果て、飲食、用便その他生活のすべてにつき両親の看護によつてようやく生きているという状態であり、しかも、受傷後すでに五年半以上経過しているのにほとんど右症状に変化なく、その症状は将来も全く回復の見込みのないことが認められ、このように本来楽しかるべき青春時代から一瞬にしてかくも悲惨な状況に陥つたまま今後の人生を送らざるを得ない睦子の苦しみは想像に絶するものがある。

しかし、他面睦子にも過失があること、同女は前記恵愛団から見舞金三〇万六、〇〇〇円、雑用品費二六万三、四三二円、食糧品費一万一、八七〇円、見舞金三万四、七九〇円の支払を受けていること(右事実は当事者間に争いがない。)など諸般の事情を斟酌すれば、睦子の精神的苦痛に対する慰藉料は金一五〇万円をもつて相当と認める。

(二)  一審原告国重、同敬子の各損害

1  看護費用

当裁判所も、一審原告国重、同敬子の負担すべき看護費用としての損害は、それぞれ金二八五万五、三一七円と判断するが、その理由は、原判決二三枚裏末行目から同二五枚目裏六行目までのとおりであるから、これを引用する。

2  慰藉料

<証拠>によれば、一審原告睦子は気だてのよいしつかりした性格の子で、将来に明るい夢を抱いて仕事に励んでいたのに、これからというわづか一五歳の若さで本件事故に遭い、その一生をベッドの上で生ける屍としての生活を送らなければならないこととなつたのであり親である一審原告国重、同敬子にとつては耐えることのできない苦しみを味わされ、さらには、本件事故のため転居、転職し、生活状況も苦しくなり睦子の看護生活に疲れ健康を害するような状態に陥つてしまつたことが認められるので、一審原告国重、同敬子夫婦は子である睦子の被つた右傷害により、睦子が生命を害されたときにも劣らない精神上の苦痛を受けたものということができ、本件にあらわれた一切の事情を斟酌すれば、右国重、敬子の精神上の苦痛に対する慰藉料は各金二〇〇万円をもつて相当と認める。

3  弁護士費用

<証拠>によれば、一審原告国重、同敬子は本件事故による損害の賠償について、人を介して一審被告側の九大付属病院と話し合つたが、両者間に合意が成立するに至らず、やむなく弁護士である一審原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を依頼したことが認められ、本件訴訟の経過の程度その他の事情を斟酌すれば、一審被告に賠償させるべき弁護士費用は、全認容額の約一割である金一七〇万円、したがつて、右国重、敬子について各金八五万円をもつて相当と認める。

三一審被告は、一審原告らは原判決の仮執行宣言に基づく執行によつて、昭和四六年一二月一四日金一、二四九万九、四七八円の弁済を受けたので、本訴請求金額から、右金員に支対する昭和四六年一二月一四日以降の遅延損害金二七七万八、一一八円を控除すべきであると主張するが、仮執行宣言付の第一審判決に対して控訴があつたときは、仮執行宣言に基づく執行によつて弁済のあつた事実を考慮することなく、請求の当否を判断すべきであるから(最高裁判所昭和三六年二月九日判決、民集一五巻二号二〇九頁参照)、一審被告の右主張は理由がない。

四結論

そうすると、一審被告は、一審原告睦子に対し金七四三万五、五三〇円および内金一五〇万円(慰藉料)に対する本件事故の日である昭和四三年二月八日から、内金五、九三万五、五三〇円(逸失利益)に対する現価算定の日である昭和四七年二月一日からそれぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、一審原告国重、同敬子に対し各金五七〇万五、三一七円およびこれに対する本件事故の日である昭和四三年二月八日からそれぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、一審原告らの本訴請求は右の限度において正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、一審原告らの本件控訴は一部理由があるから、原判決を主文第一(一)、(二)項のとおり変更することとし、一審被告の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(原田一隆 塩田駿一 松島茂敏)

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